エジプト考古学者 河江 肖剰

名古屋大学高等研究院准教授・歴史学博士
河江 肖剰 (かわえ ゆきのり)

古代エジプトのピラミッドの研究調査に取り組む。2004年からマーク・レーナー博士率いる米国古代エジプト調査協会(Ancient Egypt Research Associates, Inc、以下AERA.)のメンバーとして、ギザのピラミッド時代の都市遺構であるヘイト・エル=グラブ遺跡(通称「ピラミッド・タウン」)の発掘調査に従事。
2005年以降、多国籍分野横断プロジェクトとして、AERA、エジプト考古省、チェコ・エジプト学研究所(Czech Institute of Egyptology)などとともに、メンフィス地区のピラミッドを中心とした巨石建造物の3D計測調査を推進。これまでギザの第4のピラミッドといわれたケントカウエス女王墓、エジプト最古のピラミッドであるネチェリケト王の階段ピラミッド、アブシールの第5王朝時代のピラミッド群の3D計測調査を完遂させる。2015年には、ナショナル ジオグラフィック日本語版から、創刊20周年を記念し、「日本のエクスプローラー」として選ばれ、2016年には、米ナショナル ジオグラフィック協会より「エマージング・エクスプローラー(Emerging Explorer)」として選出される。2017年にはオープンイノベーション・プロジェクトとしてドローンによるギザの三大ピラミッドの3D計測を実施し、2018年には、そのデータ解析のための研究費を、クラウドファンディングによって獲得。
アウトリーチ活動としてTBS『世界ふしぎ発見』、NHKスペシャルやBS、日本テレビ『世界一受けたい授業』などメディアにも多数出演し、エジプト文明について広めている。
https://researchmap.jp/yukinegy

文明はどうやって始まったのか――。
自分たちがどこからきて、どこへいくのか。
古代を通して未来を学ぶ「エジプト考古学」。
それは「人間とは何か」という究極の問いつながっている。

――エジプトに行くことになったきっかけは
私は、兵庫県の宝塚の出身で、山の中で遊びまわっているような子供時代を過ごし、中学生のときはサッカー、高校生のときは古武道というように、部活に明け暮れる毎日でした。そんな学生時代のときに、テレビでエジプトのピラミッドについての番組を見たことがきっかけで考古学に興味を持ちました。考古学が学べる大学の受験もしたのですが、部活に熱中していて勉強もあまりしていなかったので受かるわけもなく、高校卒業後、先生からのアドバイスもあってアルバイトでお金を貯めた後、1人でエジプトに渡りました。インターネットが今のように発達しておらず、情報がない分、不安は逆になかったですね。今思えば、反対する人がいなかったことも、とてもありがたかったですね。

――エジプトではどんな生活をしていたのですか
お金がなかったので、最初はバックパッカーをしていました。あとは、現地で知り合った早稲田大学の日本人学生に、日本人旅行者向けのツアーガイドの仕事があることを教えてもらい、アルバイトをしていましたね。その仕事でお金を貯めて、アフリカや中近東に旅行に行っていました。 アルバイトでは遺跡のガイドをするわけですから、おのずと働きながら勉強をすることになり、そのうち、もっと自分で古代エジプトについて勉強したいと思うようになりました。
そのときに、可愛がってもらっていた上司のご夫妻が、「大学に行きたいなら学費を出してあげるよ」と言ってくださり、26歳のとき、カイロにある考古学で有名なアメリカン大学に入学しました。エジプト学を専攻したのですが、勉強が非常に楽しかったですね。課題が多くてひたすら勉強していたのですが、ガイドをしていたお陰で、授業で出てくる遺跡なんかもどんな遺跡なのか、一部を見ただけですぐにわかる。何より現場の雰囲気や感覚など、資料を見るだけではわからないことを知っていたんですね。そのかいあって、優秀な成績を修めることができました。それと同時に、分からないことは分からないのだと知ることができたのは大きなことでした。
たとえば、「ピラミッドの石を上まで運ぶ方法の証拠は何なのか」や、「上の石が落ちない理由」などです。ガイドで答えられなかったことの多くの答えが分かっただけでなく、学術的に解明されていないこともたくさんあることを知って、分からないことの境界線を知りました。また、どうしても「現場で発掘をしたい」という思いが強く、交渉をして、インディペンデントスタディーという制度を利用して、発掘チームに入れてもらうという経験もしました。発掘に関しては、そこで勉強させてもらいました。

――発掘調査について教えてください
大学卒業後、学業を頑張ったかいもあって、世界的に有名な考古学者、マーク・レーナー博士の国際発掘チームに入ることができました。マーク・レーナー博士は、ピラミッドの建造に従事した人たちの存在や生活、文化に焦点を当てた研究をしていて、当時の人々の居住地である「ピラミッド・タウン」を発見した方です。世界から200人ほどが集結しているトップチームで、そこに入れるのは夢のようなことでした。レーナー隊はとても公平な部隊であった上に、メンバーは優秀な方ばかりでたくさんのことを学ばせていただきました。また、レーナー博士はいきなりディスカッションを始めるような方で、上下関係もあまりなく、みんな研究に熱意を持っていてとても楽しかったです。
現場でやりがいを感じたことは、4500年もの間、誰も見たことがないものの第一発見者になれるという点ですね。それらをデータとして構築していくのですが、発掘されたものがどんな時代にどんな背景があったものなのか、みんなでディスカッションするのは本当に楽しいです。
自分が発掘したものでこれはすごいと思うものは、「古代のごみ」ですね。ごみからは人の生活を垣間見ることができるので、大切なデータです。「ピラミッド・タウン」のゴミ捨て場はとても面白い場所でした。逆に、失敗もあります。時間をかけて掘っても、何もでてこないことがあります。宝探しではないので、掘ってデータを取らないといけないわけです。もっと掘れば出てくるのか、これ以上掘ってもでてこないのか、この見極めをしなければならないのが難しかったですね。

――今の研究について教えてください
ドローンで写真を撮るなどして3次元検証をしてピラミッドを研究しています。エジプトでは軍の特別許可がないとドローンの使用ができないのですが、2016年に私がアメリカのナショナルジオグラフィック協会の「エマージング・エクスプローラー」に選ばれた上、TBSの「世界ふしぎ発見!」という番組の放送開始30周年が重なり、その記念番組として、ドローンによるピラミッド撮影をすることができました。1つのピラミッドで撮影した写真の枚数は1万枚くらいです。世界初の3次元データとして、それらを解析したものがようやく形になりました。

――エジプト考古学の魅力とは何ですか
「物が残っている」ということだと思います。単純に考えて、4500年前のものが残っていることはすごいですし、これだけ物が残っていることは他にありません。文明の起源を教えてくれますし、「人間とは何か」という究極の問い、自分たちがどこからきて、未来はどこへいくのか、文明はどうやって始まったのかという答えやヒントをくれるのです。
たとえば、ピラミッドを作り上げた技術そのものもすごいですが、これを作り上げた組織力がすごいですよね。人類史上最強の組織だと思います。空や星を観察するなど、自分たちが今使っている技術がこの時代に、古代からあったと思うととてもすごいことだと思います。

――中高生へのメッセージをお願いします
何も考えずに思いっきり好きなことをしてほしいですね。社会問題がどうとかいろいろありますが、そんな難しいことを考えなくてもいいと思います。中高生の今しかできないことは沢山あります。やりたいことをやっていってください。それが将来につながると思います。

(東洋大学 1 年 濱穂乃香)

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